ニュースレター
東日本大震災による火力発電への教訓と今後のエネルギー動向
2011年10月号
1. 大震災による被災状況
(1) 2011 年3 月11 日の大地震で多くの発電所が停止した。通常であれば停止後、点検・確認し直ちに再起動ということが可能であるが、今回はその後の大津波によって東北・関東の太平洋岸の発電所は火力・原子力を問わず浸水・冠水の被害を受け、復旧にはかなりの時間を要すると考えられた。実際には津波の被害は原子力では少なく福島第一1〜4 号機を除いて殆どなかった。
(2) 一方火力は、北は東北電力の八戸火力から南は東京電力の鹿島火力まで殆どが津波の被害を受け、復旧時期は早いもので数か月、遅ければ1年以上かかる。
(3) このうち電力の供給が一番心配な東京電力は震災により次の電源が停止した(2011 年3 月末時点)。
被害を受け停止した火力:920 万kW | 〉 合計:1,830 万kW |
同 原子力:910 万kW |
これは東京電力の発電能力の約30% に相当する。
(4) 被害状況はやはり地上に設置されている機器や電気設備の被害が大きい。主機である蒸気タービンやボイラなどの損傷は殆どないが、復水器やポンプ類、送風機や熱交換器、変圧器や遮断器など数多くの機器が被災しており、これらの復旧に相当な時間を有するのが実情である。
(5) 現在の状況を見ると、東京電力の火力発電所は関係者の昼夜を問わない努力により7 月末には被災した全ての火力発電所で運転が再開されている。またガスタービンやディーゼルエンジンなどの緊急電源の設置により8月末には5,580 万kW の供給力が確保出来た。更に大口需要家に対する15% 削減の電力使用制限令が発令されたことや各家庭での節電の取り組みにより今夏の電力需給は逼迫することはなかった。
(6) 一方、東北電力では津波による大きな被害を受けた仙台火力、新仙台火力、原町火力は未だ懸命な復旧作業が行われている。更に本年7 月に発生した新潟・福島豪雨の影響により多くの水力発電所が被害を受け、約100万kW の供給力を失った。そのため今夏の電力需給は非常に厳しく、東京電力からの融通電力量を増やすなどの緊急措置が行われた。
2. 東京電力の供給力確保と需給状況
今回の震災により東京電力・東北火力の電力供給力は大幅に減少した。福島第一原子力発電所の事故により原子力発電の復旧は期待できない状況であったが、被災した火力発電所の復旧、ガスタービンやディーゼルエンジンなどの緊急電源の設置、国民の節電の努力により計画停電を実施することなく今夏を乗り切ることができた。以下に東京電力における供給力増加の取り組みを紹介する。
(1) 被災した火力発電所の復旧:
特に被害の大きかった発電所は震源に近かった広野火力と常陸那珂火力である。広野火力は油焚き火力の1−4号機、石炭焚き火力の5 号機からなる総出力380 万kW、常陸那珂火力は石炭焚き100 万kW の大型発電所であり、共に夏のピークを支える発電所として最短工程での復旧作業が行われた。関係部門の努力により広野火力では、1号機:7 月3 日、2 号機:7 月11 日、3 号機:7 月16 日、4 号機:7 月14 日、5 号機:6 月15 日に運転再開、常陸那珂火力では5 月15 日に運転再開と短期間での復旧を果たすことができた。震災直後は津波による浸水・冠水、がれきの散乱など絶望的な状況であったにも関わらず短期間で復旧できたことは関係者の昼夜を問わぬ努力によるものである。
(2) 緊急電源の設置:
 各火力発電所構内にガスタービンやディーゼルエンジンなどの電源を緊急的に設置して今夏の供給力の確保に努めた。この中には韓国とタイからの発電設備の供給など海外からの支援も含まれている。急遽設置されたこれらの緊急電源の総容量は170 万kW に達する。
(3) 長期停止火力発電所の運転再開:
横須賀火力発電所は平成22 年4 月より全台長期運転停止中であったが、今夏の供給力不足を補うために、設備状態が良好な3、4 号機及び1、2 号ガスタービンの運転を再開した。震災当時は横須賀火力発電所には設備維持のため少人数しか残っていなかったが、再開に向けて多くの人が集まり一丸となった取り組みで、4 月24日に2 号GT、6 月2 日に1 号GT、6 月19 日に3 号機、7 月6 日に4 号機の運転が再開され、合計87 万kW が確保され今夏の大きな供給力となっている。
以上により東京電力では8 月末には5,580 万kW まで供給力を確保することができた。また電気事業法に基づき、大口需要家(契約電力500 キロワット以上)の使用最大電力を限る措置で、7 月1 日から9 月9 日までの平日の昼間に昨年の同じ期間・時間帯の使用最大電力から15% 減らした値を上限とする電力使用制限令が発令されたことで電力の需要も大幅に減少した。その結果、東京電力における今夏の電力需給は安定しており計画停電を回避することができた。
3. 震災による火力発電への教訓
(1) 主機の3 階フロア(地上+12〜13m)への設置:
火力発電所の蒸気タービン、ガスタービン、発電機などの最重要主機は+12〜13m にある3 階フロアに通常設置されている。このため今回の地震・津波でも、これらの主機が大きな被害を受けた例は皆無である。また中央操作室も3 階の設置の場合が多いので直接の被害を免れている。従ってこの設計基準は今後とも踏襲されるべきと考える。
(2) 電気室の2 階フロア(地上+6m)への設置:
配電盤・非常用電源(バッテリ)などは通常地上+6m の2 階フロアに設置されている。従って地上高さが3mであれば、フロア高さは海抜9mとなるので浸水被害を免れた発電所が多いが、一部の発電所ではこの電気室も壊滅的被害を受けて、復旧に1 年以上を要する状況となっている。
(3) 信号ケーブルのリモートPIO 化:
火力発電所では各機器から中央操作室又は電気室に1 万本近いケーブルが引かれている。これらは電源線やインターロック線のようにメタルワイヤが不可欠のものもあるが、  大半が圧力・温度、その他の信号線である。リモートPIO 方式ではこれらの信号線を1 本のケーブルに集約して結ぶ方式である(実際は光ファイバーの2 重線)。今回の被災例でもこのリモートPIO 化したプラントではケーブルの引直しや健全性確認の手間が不要なため、復旧工程が大幅に短縮されている。(図1 参照)
(4) 直流電源および非常用電源の強化:
原子力事故で顕著となったが、直流電源の8 時間分の確保と非常用ディーゼルの安全な場所への設置など火力でも十分に考慮すべきことである。
(5) 不適切な設置個所の是正:
プラント配置は個々の発電所により大きく異なるので一般論としては対策案を示すのは難しいが、防潮堤の設置、主要機器(特に計器類、電気等)の上層階への設置など可能な限り実施すべきである。特に増設の火力に対しては既設機の被害状況を充分にチェックし、対策を強化した設計とすべきである。
4. 今後のエネルギー動向
(1) 原子力の比率低下:
今回の大震災は日本のこれからのエネルギー供給のあり方に大きな影響を与えた。原子力については見直し論を含めた国民的議題となり、発電比率は現状の30% からの低下が避けられない状況にある。
(2) 再生可能エネルギーの増加:
これに代わる発電として、太陽光・風力・地熱などの再生可能エネルギーが注目を  浴びているが、経済的負担や立地への障害などもあり、発電比率10% に達するのは相当大変なことである。図2 に本年8 月に運転を開始した東京電力浮島太陽光発電所(メガソーラ:7,000kW、敷地面積11ha)と東京電力川崎火力発電所(LNG 複合発電所:150 万kW、敷地面積15ha)を示すが、太陽光は出力当り100 倍以上の面積が必要である。
(3) 火力発電の徹底した高効率化:
結局、原子力の減少分は実質的に火力がカバーすることになるが、火力発電の増加はCO 2 発生量の増加と輸入燃料量の増加になるので、徹底的な効率化が必要となる。火力発電の高効率化の歴史を図3 に示す。現状はボイラと蒸気タービンを組合せた単純サイクル(ランキンサイクル)が主体であるが、これをガスタービンと蒸気タービンの両方を使って発電するダブルの複合発電によって大幅に効率を向上させることができる。  天然ガス燃料に対してはこのダブルの複合発電は既に大々的な採用が始まっており、1500℃級ガスタービン採用で発電効率53%(発電端、高位発熱量基準)が既に実現している。今後は1600℃級のガスタービンの使用、更に将来は現在開発中の1700℃級のガスタービン使用による更なる効率向上が予想される。
(4) 石炭ガス化複合発電(IGCC):
現在の増設火力の主流は天然ガス焚き複合発電だが、エネルギーセキュリティの点からも石炭ガス化複合発電に代表される高効率石炭火力の建設が重要である。また石炭ガス化技術は固体である石炭をガス化することにより、天然ガスとの相互互換性を可能にするメリットもある。
(5) トリプル複合発電:
更に将来は、高温型の燃料電池(SOFC)とガスタービン、蒸気タービンを組合せたトリプル複合発電が考えられる。これは究極の高効率発電を可能にすると共に、既設のダブルの複合発電プラントの有効活用の意味もある。
(6) 火力発電の信頼性確保:
今までベースロードを担ってきた原子力の役割を火力が果たすためには、今迄以上に高い信頼性が必要となる。従って火力発電における地震対策や津波対策の強化は、この意味でも重要である。
(7) 火力発電の負荷変動対応能力の強化:
再生エネルギーが増加することは、同時に負荷変動の激しい発電設備が系統内に入って来ることを意味する。この変動を円滑に吸収するために、火力発電の負荷変化速度の増大(例えば10% /分)、許容最低負荷の切下げ(例えば全負荷の10% 迄)などの特性が更に求められることになる。
5. 結言
東日本大震災は多くの被災者と電力供給不足など未曽有の被害をもたらした。これらの大きな犠牲から教訓を学び、新しい日本をつくるきっかけとしなければならない。このことが全国民の意識改革となり、画期的な高効率発電と再生エネルギーの利用技術で我が国が世界最高の技術を確立し、日本の経済の維持と温暖化防止などの世界の環境改善に大きく貢献することを切に望むものである。
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